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アレッポの石鹸職人の公式ブログ



ブログは更新中です。



はじめまして
ガザール勇です。
シリア・ダマスカス出身。
16年前に有限会社クロスロードトレーディングを設立。
シリアの伝統的なアレッポ石鹸の輸入と日本においてコールドプロセス製法による石鹸の製造販売をしております。
日本との関わりは長く、20年以上前に来日。シリアと日本を行き来することで日本語を習得。
石鹸の販売を通して、日本とシリアの文化の交流に繋がることを願っております。

●アレッポからの石鹸輸入が...●
順調と思われたシリアからのアレッポ石鹸の輸入でしたが、5年前に小さなデモから始まった反政府運動が残酷で悲惨な内戦となり石鹸の輸入に影響が出始めました。そしてアレッポへの空爆開始...
それからのことは日本の皆さんも良くご存じかと思います。


●アレッポの石鹸が日本から消える?●
石鹸を愛用して下さっているお客様からはシリアの情勢も含め、石鹸工場の職人さんは無事なのか?石鹸は今後も輸入できるのか?などのご質問を受けます。
また、アレッポ石鹸に関する情報や噂をSNS等で目にし、伝えたいことがたくさんあるのにと、じれったく思うこともありました。
因みに、現在アレッポで操業している石鹸工場はありません。ラタキアやトルコに避難し操業しています。
そういった疑問に対して情報発信をしていければと思うようになりました。
アレッポの石鹸職人さんが現在置かれている状況や思いを日本の皆さんに少しでも知って頂きたくこのブログで少しずつ伝えることにしました。


●アレッポの石鹸職人から●
内戦前、日本の皆さんに伝えたかった事はアレッポの石鹸という昔から引き継がれてきた石鹸文化にまつわることがメインでした。
しかし今は、アレッポから追い出されるように避難し、困難であっても作り続けることでアレッポの石鹸の伝統を絶やさないという内戦前にはなかった強い メッセージを石鹸と一緒に届けたいと思い、当サイト名を「アレッポの石鹸職人から」としました。



左は工場の元社長で現在は最高顧問のバラカート氏。真ん中が弊社のガザール。右がバラカート氏の息子で営業マネージャーのバラカート氏。






(更新日:2017/4/11日)


●フェアトレードの意味と石鹸職人達●

フェアトレードジャパンによると、開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の 生活改善と自立を目指す「貿易のしくみ」と定義づけています。さらにフェアトレードは、対話、透明性、敬意を基盤とし、より公平な条件下で国際貿 易を行うことを目指す貿易パートナーシップである。特に「南」の弱い立場にある生産者や労働者に対し、より良い貿易条件を提供し、かつ彼らの権利 を守ることにより、フェアトレードは持続可能な発展に貢献する。フェアトレード団体は(消費者に支持されることによって)、生産者の支援、啓発活動、 および従来の国際貿易のルールと慣行を変える運動に積極的に取り組む事を約束すること、としています。
私の考えるフェアトレードも同じです。工場側、職人達、そして弊社のような輸入販売業者が同じ目線でより良い商品について考えることにより、自然とアイデアも 生まれてきます。

だれかだけが多くの利益を搾取すれば、そこに強制されているという感情が生まれ、良いアイデアも生まれないだけでなく、仕事への意欲も削がれてしまい良い商品 の生産に繋がらないでしょう。商品に関わる者達が同じ目線で生産と販売を考えることは、なにより消費者の皆さんの共感を得ることができフェアトレードの意味に 沿うビジネスとなるのではと考えます。
さらに私はフェアトレードの持つ意味に個人的に追加したい事項があります。
それは、国民を弾圧する独裁政権の資金源になっていないこと。また、その利益が紛争の資金に使われないことです。 特に政府の資金源になるという点では、アレッポで操業していたころは操業を続けるため、政府から至る所で金銭的な圧力を受けていた経験が職人達にはあります。 自由なビジネスには程遠い環境で石鹸作りをしていました。

今、トルコで体験している平等で自由な石鹸作りは、いつか民主的なシリアになった時に必要とされるビジネスの姿勢だと職人達は考えています。 一日でも早い民主的なシリアに生まれ変わることを祈っています。


アレッポの石鹸職人との食事会(5年ぶりのシリア料理)


(更新日:2017/3/9日)


●職人達の笑顔●

先日、アレッポの石鹸職人達からメールで写真が届きました。
視察の時、共に作業や食事をした私にとっても仲間のような人々です。
将来への不安を抱えながらも、彼らがこうして笑顔で記念撮影に応じてくれたこと、大変嬉しく思っています。

職人の中には若者が多いことにお気づきでしょうか?
彼らは徴兵の可能性のある年齢で、一番恐れていたのは自分達の命の危険というよりは、同じシリア人を敵とみなして戦うことでした。
内戦前のシリアは理想的な人口ピラミッドを描く人口構成でしたが、その若者達の多くが難民としてヨーロッパ等に流出し、その一番の理由は徴兵でした。
内戦による犠牲者がどんどん増え、政府は兵士の数を確保するため最終的に18歳から54歳までの男性が徴兵の対象となりました。時には仕事先まで政府の役人 がやってきて軍隊に連れて行くこともあり、いつしか家に閉じこもる男性達が増えたという話もあります。
このような徴兵により多くの男性達は悲惨な体験を強制されました。
若い息子達を犯罪的な行為から守りたいと考えるのは自然なことで、親達は難民という選択をするしかありません。一家の主は家族でシリアを去るという道しかなかったのです。
現政権が続くということは今も恐怖が続くことを意味するのです。

最近、日本のメディアがアレッポやダマスカスを取材しシリアの映像を目にすることがあります。映っている市民の多くが政府関係者や女性、お年寄り、そして中高生位までの子供達です。 高校生までは徴兵の心配がありません。特に政権支配地域、主にアレッポ、ラタキア、ダマスカスの主要都市は若い男性が少ないといわれています。大型の乗り合いバスを女性ドライバーが 運転するなんてことは以前のシリアでは考えられませんでした。
若い男性の働き手不足は今や深刻なのです。

シリアからアレッポの石鹸職人が殆どいなくなってしまった理由は、徴兵の恐怖から逃れるためでもありました。この写真のような笑顔を故郷のアレッポで見られるのはいつになるのか。
ただ、彼らは下向いて暗く過ごしている訳ではありません。
今、自由に石鹸を作れていることに感謝しながら、いつか平和が訪れた時には母国シリアに戻り石鹸作りが再開できることを望んでいます。私自身も全く同じ思いです。






(更新日:2017/2/18)

●石鹸工場視察の目的●

弊社工場がアレッポで操業し内戦が始まってからは、石鹸工場の視察が行えていませんでした。現在トルコに工場が移転してからは年に2回、石鹸作りのシーズン(12月~2月頃) と夏の石鹸の乾燥時期に視察に行くことにしています。この視察により石鹸への私の知識が深まるだけでなく、弊社の色々な要望を工場側に理解してもらう良い機会です。

日本のマーケットは、非常に厳しい製品基準を求められるため品質管理は大変重要な点です。また、単に製造上のチェックだけに重点を置いている訳ではありません。「多くの日本の皆さんがアレッポの石鹸を愛用して下さり、 内戦で石鹸の製造に影響が出ていることを心配してくれている。そして何よりも職人達の無事を祈ってくれている」ことを伝えました。

昨年(2016年)の2回の視察は大変有意義でした。
職人達と私の間には言葉や文化、習慣の壁はありません。1回の視察で約3日~1週間ほど彼らと共に作業をし、食事をしながら家族のこと、アレッポで起こったことや日本のことなど沢山のことを語り合いました。 アレッポで起きたことはこのブログでは伝えられない程残酷で悲惨な状況でした。シリア人としてどうすることも出来ない絶望を感じます。

視察する前は電話で工場マネージャーだけと話すだけでしたが、視察を重ね他の職人達と一緒に作業をしながら交流していくと徐々に職人達の意識が変わってきました。石鹸作りを通して自分達が必要とされ、 この石鹸が日本の皆さんの役に立っているという誇りが徐々に戻ってきたように見えました。その思いが石鹸作りにも反映されてきました。

トルコでの石鹸の製造を重ねるごとに、より品質が向上しているのがわかります。
日本の皆さんのご声援が石鹸職人達の生きる希望へと繋がったのだと思いました。






上の写真は購入予定のオイルの色、香り、粘度等をチェックします。



上の写真は入予定のオイルの酸味、水分量、異物等の細かい検査を行っています。






●アレッポの石鹸職人とは● (2017年1月28日更新)

政権軍のアレッポ空爆は、アレッポの石鹸職人にとってはアレッポの石鹸文化の崩壊でもありました。しかし今トルコで難民となったアレッポの石鹸職人は自力でアレッポの石鹸文化を再建しようとしています。 政権の力に頼らず、石鹸職人達が協力し合いながらトルコで奮闘しています。 私(ガザール)は、同じシリア人としてこの職人達の思いを日本の皆さんに伝えていくことが私の使命でもあります。

日本の皆さんはアレッポの石鹸作りは、石鹸職人数人が全行程の作業を行っていると想像していませんか?
実際、石鹸の製造に携わる職人の作業は、製造工程毎の専門性のある幾つかのチームに分かれ、完全分業制で製造されています。メーカである工場主は原料の仕入れ、全行程のマネージメント、そして一番重要な営業を担っています。 この分業制はアレッポに石鹸作りが根付いていくと共に確立してきました。
現在トルコで安定して石鹸作りができているのは、このような石鹸職人である多くの分業の職人が難民としてアレッポから逃れトルコに集まっているからです。 このような職人は、時には幾つかの工場を掛け持ちすることもあります。 各工程の作業のポイントは次の通りです。

1- ●原材料の混合、釜焚きチーム●



石鹸のクオリティーが決まるもっとも重要な工程。
そのシーズンのオイルの品質をラボの検査技師によりチェック、そのオイルに見合った苛性ソーダの分量を決定し原材料の混合作業を開始。
同時に釜焚きを開始しミキサーでゆっくりかき混ぜ石鹸生地をベストな状態に仕上げていく。

2- ●石鹸生地の型入れチーム●    (2017年2月5日更新)
原材料の混合、釜焚きの工程後すぐに型への流し込み作業に移る。 型と言っても工場床に作られたごく浅いプールのイメージ。釜から石鹸生地を太いホース状のものでプールの型に流し入れていくが、ホースが重たくなるため数人で操作し、 さらに1人が左官屋さんのような板状のヘラで石鹸生地表面をならしていく。 この時、石鹸がどんどん固まっていくなか均一な厚みかを時々測りながら、手早くキレイに平らにならしていく。



3- ●カット、刻印チーム●
人が乗っかっても跡がつかず、少し柔らか目に石鹸生地が固まってくるとカット、刻印作業に入る。 カッターのついた板に小学生低学年くらいの子が乗り、数人が板毎引くことにより石鹸生地をカットする。 (小学生低学年くらいの子が重すぎず楽に引っ張れるからだそう) カット終了後、刻印作業に入る。この刻印が製造工場の名前である。「 バラカート社の刻印だけは破壊された工場から運び出せた唯一の石鹸作りの道具だった。」(バラカート社氏談)







4- ●石鹸の積上げ作業●
この作業の人員は、主にアルバイトとして雇うことが通常。
簡単とは言え、高く積み上げた」大量の石鹸が約1年間崩れることなくまた、乾燥が進むよう少し隙間を空け積上げていく。

5ー ●検品、成形、ラッピング、梱包作業●
約1年間の乾燥期間を経て検品作業に入る。
この際、形がいびつなものは成形しシュリンクラッピング、段ボールに梱包し保管される。
この作業は女性向きのため多くの女性達が働いている。



恥ずかしがり屋なシリアの女性達。石鹸の最終仕上げ作業中の様子です。作業の合間に盛り上がる女子トークは日本と同じです。

これらの工程が全て終了し日本に向けて輸出されています。






●物価の高いトルコで●  (更新日:2017/1/25)

シリアに比べ、トルコの物価は約2~3倍。石鹸の製造に関しても、アレッポで製造していた頃よりも全ての経費が割高となり、石鹸工場側としては弊社との取引価格を値上げせざるを得ませんでした。
しかし弊社の考えは、値上げすることで石鹸の製造量が減り、さらにシリア難民の労働者数が減らされることを懸念し、輸入価格が上がっても値上をせず現状の販売価格を維持する決断をしました。
当面、石鹸価格の値上げは行いません。
トルコやヨーロッパへ逃れたシリア難民の中には20歳代の男性の若者達が多く、政権側の兵士として徴兵の可能性のある対象者です。つまり、徴兵されれば同じシリア人を殺すことを強制されるのです。
そのような犯罪行為を素直に受け入れることができるでしょうか。
シリアの若者にとっては耐えがたいことです。
シリアで生まれ育った私は、シリアに帰ることができない難民の思いやアレッポの石鹸文化を守りたいというメッセージをこの石鹸を愛用されている皆さんにこれからも伝えて参ります。



アレッポの石鹸職人のバラカート社代表に内戦や被害そしてトルコへの避難までのインタビューをまとめました。
(更新日:2017/1/21)


●アレッポからトルコに避難した時は●
避難した当初は知人もなく言葉が通じない為、アレッポがあんなことにならなければと何度もシリア政府を恨みました。
家や工場だけでなく人命まで奪うそんな祖国に留まることはできず、家族を守るためその一心でした。住む家を借り日々時間が過ぎるだけの無気力な生活を送っていたところ、クロスロードトレーディングから連絡がありました。
石鹸の製造の依頼でしたが最初は断ったものの、私達には出来ることは石鹸を作ることしか残されていないと考えるようになりました。

●トルコでのアレッポ石鹸第1号●
無理だと思った石鹸工場は間借することから始め試作品の石鹸を作ってみたところ、想像以上に品質がよくアレッポの原料と何ら変わらないと実感しました。
それがわかってからは日本に輸出するための計画を前向きに考え準備し始めました。そして日本に輸出するためのトルコでの石鹸第1号が実現できました。これはトルコの人々の優しさと避難している多くのシリア人が 手伝ってくれたお陰だと思っています。皆さん本当に協力してくれました。

●アレッポとトルコ何が違う●
石鹸の原料に関しては、アレッポは内戦が始まってからは原料の調達が困難でした。
石鹸を製造出来てもラタキアの港まで石鹸を輸送するのが非常に危険だったこと、何といっても工場を破壊されたらそれまです。
元々ローレルオイルはトルコ産がシリアに多く出回っていたので品質などは把握していました。オリーブオイルにしても国は違ってもさほど遠くないため気候も変わらない地域です。同品質で石鹸作りに何ら問題はありませんでした。 その他石鹸作りには欠かせない材料等も楽に調達でき、正直アレッポで作っていた頃よりもいい石鹸が作れていると感じます。 本当にありがたいことです。 何が大きく変わったかと言うと、シリア政府の管理下ではないことが幾ら辛い ことがあっても家族と一緒に乗り越えて行けます。






●...社の商品取引中止と政権への資金源●

以前弊社は...社の石鹸を取扱っておりました。 ...社のアレッポでの石鹸事業の名声は業界では誰もが知る大手石鹸工場です。
その...社が...に移転の事実を知らされたのは日本側の企業からの値上げのお知らせレターでした。

私(ガザール)は...社と時折電話で連絡する関係でしたが...移転の話は全く知らされず、この時から...社は政権支持の意志を固めたと感じました。
その間、日本においてもシリア政権資金源の疑いのあるシリア製石鹸は大手通販サイトで販売を排除されるなど、シリア政府への国際社会の避難が叫ばれ始め、弊社も...社の石鹸の取り扱いを中止する決断に至りました。
殆どのアレッポの石鹸職人達はヨーロッパやトルコへの避難を選択する中、...社だけがなぜ政権拠点の町...に移転できるのか。...と言えばアレッポを空爆する際の戦闘機の飛行場がある町です。
言うまでもな...社はく政権を支持する意志を明らかにしたからだろう。 政権の拠点の町で操業し続ける限りその利益は政権に流れる恐れが高い。それが反政府側の一般市民への攻撃に繋がるのではないか。
アサド政権がシリア情勢を悪化させないため、日本を含む国際社会は経済制裁を行っています。

悲しいことにトルコで石鹸作りを続けている石鹸職人達はアレッポを追われ政権が変わらない限りシリアには戻らないでしょう。 弊社のアレッポの石鹸職人が作る石鹸の利益が政権や紛争を引き起こす団体に流れることはありません。 これこそがアレッポの石鹸職人と弊社が選択した道です。







石鹸工場があるトルコのガジアンテプに視察で来ました。
多くのシリアの難民がトルコに避難し、以前アレッポで石鹸を製造していた職人達は現在トルコのガジアンテプの工場で製造しています。
> ここで作られた石鹸が弊社の製品として輸入されています。






今年の夏 に工場を視察し、去年の冬に作られた石鹸の乾燥状態など石鹸の出来上がりを確認してきました。


 
2016年4月22日 NHK BS 世界のトップニュースの取材を受けました。